永楽食堂の取材報告です.
十和田町役場に勤められていた山端正美さん(87)が退職後、
昭和33年に現在の十和田富士屋ホテル向かいにある
「韓国料理 伽椰(かや)」の場所で、「永楽食堂(以下・永楽)」
という大衆食堂を開いたのが始まり。
当時の永楽食堂
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元々「バラ焼き」は、三沢市にある君乃家が網焼きで味付きのバラ肉を提供していたもので、網焼きでは煙が出ることから店内や家庭で食べられるよう、永楽では、開店時に鉄板で肉を焼くことを考えた。ただ、肉を焼くだけでは、量が少ないことから野菜を入れボリュームを出すことを考案した。永楽では、バラ焼きの他、麺類やどんぶり物もメニューにあり、稲生座の前であったこともあって、繁盛していた。
現在のバラ焼き提供店の「大昌園」「食道園」などは、永楽食堂のずっと後に開業したもので、元々三沢市にあった店から分家したものではないかと推測されます。
当時、三沢市には焼き肉店が多くあり、永楽が開店した昭和33年以前の昭和28年頃には既に、「赤のれん」があったそうで、山端さん曰く、『赤のれんで食べたことがないので、バラ焼きを提供していたかどうかは分からない』とのこと。また、「バラ焼き」をメニューに加えるに、三沢の君乃家からのアドバイスが強くあったようである。
奥入瀬の紅葉の茶とバラ焼きの玉葱の茶と永楽の写真の茶に
おくります、ラビアンローズ。。。。。。
続きがあるんでしょうか?
とっても楽しみです。
永楽食堂については、今回だけです。
今後、新しい情報が入り、確認がとれ次第
このブログでお知らせしていきたいと思います。